Nidan Ryuchi

Imani Mitero


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2013年05月10日(金)

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帰省の旅4

2013年01月28日(月) 01:02

 
そういえば前回大事なものを貼り忘れていた。


東寺でもらった空海の言葉。



これはまさに怒ってばかりのボクのことを言っているのかな。つまりボクは地獄の中にいるということである。


「我は地獄より来るリューチなり!汝に地獄を見せん!」


とほざいてみる。


京都駅からバスに乗って実家へ。既にここまでで3話も使っているが、はっきり申し上げて実家で過ごしたことなど、何も語るべきものがない。食って、寝て、映画見ての繰り返しだった。


唯一のハイライトと言えば、大晦日の日くらいで、母親の華道の大先生と会食したくらいである。大先生と言っても遠い親戚なので身内みたいなものなんだが、さすがに顔が広いだけあって、教養がありおしゃべりも面白い。ただ、いつまで経ってもボクのことを「坊ちゃん」と呼ぶのは勘弁してもらいたい。もう小学生くらいの子供がいてもいい年なんだ。なんなら縁談でも取りまとめてくれ。


今回、駅前に1軒いいコーヒー屋を見つけたんだが、全然流行ってなかった。残念だ。みんなジャスコの中のチェーン系の店に行くようだ。ドトールやスタバができて都会になった気になってんじゃねえぞ!街おこしだの地元愛だのを掲げるなら、チェーン店じゃなくて、その土地の奴が頑張ってる店に行け!県外の奴に誇れる店を語れ!


そんなわけで、特に誇れるものもない実家のことはこれにて終了。また京都へとバスで戻り、マサオと再会する。


今度はゆっくりメシでも食えるかと思ったら、やっぱり忙しいらしく、30分ほどで別れた。カフェに入ったら注文したものがなかなか出て来ず、結局ほとんど一人でお茶して店を出た。


行きと違って、初売りで街を練り歩くカップルが多かったので、もうさっさと帰ることにした。また3時間近く弁慶のように立ち続けることを思うと憂鬱だった。


みどりの窓口で並んでいたら、カウンターで話していた男が突然怒り出し、職員に向かってゴミを投げつけて去っていった。そしてボクがそこのカウンターに呼ばれた。


座っている職員はまだ2,3年目の若い女性だった。ボクが向かう間に投げつけられたゴミを拾っていた。


嫌な思いをした後だというのに、その職員は丁寧に対応してくれた。そして、1時間待てば指定席が取れることを教えてくれた。助かった!これで快適に帰れる!


席を確保し、料金を支払う。去り際に迷ったことがある。「あんなクズの相手するのも大変ですね。お疲れさまです」と言おうかと思ったのだ。理由はなんであれ、人にゴミを投げつける奴はクズだ。しかも相手は女性である。素直にこの人を労ってあげたいと思った。しかし、ボクはさきほどの男とのやり取りを最後の瞬間しか見ていない。


まあ余計なこと言う必要もないか・・・


と結局何も言わずに去った。後でやっぱり言っておけばよかったと思った。ボクにとってもイラッときた光景だったからだ。こういう瞬間はよくある。恋愛でもそうである。あの瞬間にもう一言気のきいたことを言っておけば、結果は違ったかもしれないとか。だが後の祭りだ。


新幹線は最高だ。飛行機の離陸時も好きだが、新幹線が音もなく走り出す瞬間もいい。次の日から仕事でも、この瞬間だけはワクワクする。


食べたい弁当がなかったので、キオスクで買った柿ピーをポリポリと食った。辛くてお茶が足りなくなった。ヒーヒーしていたら隣のオタクが迷惑そうな顔をした。てめえに関係あるか!漫画でも読んでろ!


そして品川に着く。ゆっくりお茶を飲みたかったが、明日から仕事ということが全ての活動をセーブさせる。このストレスから解放される日はいつになったら来るのか。


おみくじは相変わらずの中吉だった。末吉と中吉しか出たことがない。まったく中途半端な野郎だぜ。来年こそ大吉出してやる!運気上げていってNYに住んでやるぜ!



〜おわり〜


最近ハマってるphony ppl。若いのに最高にカッコいい。






男の旅講座〜最終話〜

2012年11月05日(月) 02:15

 

城ヶ島公園を出て、三崎港の朝一へ。


結局朝まで何も食べなかったボク達は、1.眠い、2.でも腹が減った、3.そして昼までにレンタカーを返さなければならない、という欲望と使命感に雁字搦めにされた状態で己と戦っていた。


もう「秘境をめぐる!」などという気持ちはどこにもなかった。今回の旅はハプニングから始まった。それだけに期待が大きかった。何かあると。しかし実際は肩すかしを食らった。端から見ればこんな行き当たりばったりの旅は楽しそうに見えるかもしれない。しかし、実際は誰かが見ていて笑ってくれるならまだいいが、「何にもねえしツライよ!」というのが本音だった。横須賀のハンバーガーを落としてしまったのが致命的だった。「最後くらい、美味いものを食わせてくれ!」という魂の叫びだけがあった。


三崎港に着いた。かなりの賑わいだ。屋台からイカを焼くニオイがする。たまらん。

「俺はコレを食うぞ!」

もう5千円でも1万円でもいいと思った。自分から望んだ旅であるにも関わらず、空腹と睡魔に耐えるのには限界がきていた。

「俺もコレいきます!」

と池田。お互い今回の旅は少々ツライという認識があったのだろう。ボク達は報われるべきだった。


屋台のオヤジの会話から、築地でも食べられないイカの肝煮というのが名物であることを知る。イカ焼きとこの肝煮を頼んだ。


人生でこんなにイカを美味いと思ったことはなかった。甘辛なイカに、苦しみに耐え幸せを掴んだ自分達を重ねた。


運転疲れですっかり老け込んだ池田。


これを機にボク達は朝一でいろんなものを食いまくった。夕張メロンの生ジュース、マグロの蒲焼き、そしてマグロセンターでの刺身定食。


空腹が満たされると次にやってくるのは、寝たい・風呂に入りたいという欲望。しかし時間の制約がある以上寝ることはできない。とりあえずは風呂だと近くのスパへ向かう。


人が少なく、静かでなかなかいいスパだった。このまま寝れたら最高だが、タイムリミットが迫っていた。急いで飛び出して車に乗り込む。


雨が降り出し嵐へと変わっていた。ボク達は西からやってくる低気圧から逃げながら東京へと戻った。


いつの間にか寝ていて、気がついたらレンタカー屋の近くだった。嵐のせいで前がほとんど見えないまま高速を走っていたところまでは覚えているが、池田がどうやって切り抜けたのかまったく知らない。当初「俺も運転するぞ!」と意気込んでいたが、一切運転しなかった。正解だ。ボクが運転していたら、終わりなき旅へと出発していたに違いない。


徹夜で運転した後、さらに彼女とのデートがあるという池田はお疲れだった。この男、いつもスケジュールを詰め込み過ぎである。タイから帰国した時も、成田からバイトに直行したほどの男だ。信じられない。


旅を終えて率直な感想は、すぐに次の旅を企画せねばならないということだった。国内で近場であるため、スケールが小さくなるのは仕方がない。しかし、それにしてももっとエキサイティングであるべきだ!睡眠不足で疲れるのではなく、もっと好奇心を大いに満たしてくれるものに立ち向かわなければ、己の精神の糧となるような経験は得られない!


多くの人にとって旅行とは、日頃の疲れを癒し、美味しいものを食べ、素晴らしい景色やショッピングを楽しむものだろう。ボクにとっては違う。好奇心こそ全てだ!都会だろうが田舎だろうが、この目で見なければならないものがあるなら突撃する。それこそ男の旅だと思っている。そして、その旅が満足いかないものであるなら、すぐに次の旅に出るべきであると思っているのだ。


今回の旅の収穫は、食えない、寝れない、時間がない状況だとこんなにも精神が衰弱するのだということである。今後の旅先の選択にあたって貴重な経験となった。


更新にずいぶん時間がかかってしまったが、もう既に次の旅先については候補を絞り込んである。男の旅講座と題したが、今回は少々物足りないものだったかもしれない。しばらく日常のボヤキを綴った後、また旅をするから期待しててくれ!


車内に放置していてドロドロになったパンを頬張る。ヒゲ生えてんぞ!





男の旅講座〜第三話〜

2012年10月29日(月) 03:55

 
ボクが心霊スポットを避けるのは、ある大学の先輩から助言をいただいた経験があるからである。


Y先輩といって霊が見える方なのだが、その逸話だけでも充分3話以上書けるほどである。たまに見えるという人には出会うが、『この人は本当に見えるんだ!』と感じた人はこの先輩以外いない。


その先輩に聞いてみたことがある。「霊が見えないボクでも、なんか嫌な雰囲気だなと思う場所って大体いるもんなんですか?」と。回答は「たぶんそうだと思う」。ハッキリ答えられないところが真実味がある。だってその先輩には雰囲気云々よりもまず見えてしまうんだから。見えない人がどう感じるかは分からないのだろう。


そんな会話をしていたのがちょうど飲み会の真っ最中で、普段席を移動する先輩がまったくその日は動かないことに気がついた。当時Y先輩が付き合っていた彼女(今は奥さん)の方を見て「あっちに行かなくてもいいんですか?」と聞いたら、「行かないよ、絶対。だってアイツの近くにいるもん」と。


戦慄が走った。こんな近くにいるのかよ!と。言われて見ればなんだか向こう側の廊下の辺りだけ妙に薄暗い気がした。まあボクの場合は気のせいだったかもしれないけど。先輩曰く、『向こう(霊)に自分が見える人間だということが分かるとついてくる』そうである。だから気づかないフリをしていると。


そしてY先輩に言われた。「そんなことを聞くってことは、お前は人よりも敏感なんだろうから、嫌だなと感じる場所があったら逃げた方がいい。多分当たってるよ」と。それ以来、ボクは興味本位で心霊スポットに突入することは絶対にやめようと誓った。


そんなわけで気味の悪い富士山を早々に離れ、城ヶ島公園へ向かった。


そろそろ夜が明け始めていた。車を停めて海の方に歩いて行った。前を歩いていた釣りのオッサンについていったつもりが、いつの間にか見失っていた。しかもGPSで見ると目的地とまったく違う場所を指している。


「なあ、これ公園じゃなくないか?」


「あれ、違うとこきちゃいましたかね?」


「さっきのオッサンどこいった?」


「完全に見失いました」


「ああ、あそこにいた。これはただの釣り場だな」


「え?どこですか?オッサンなんています?」


「あそこの堤防のとこにいるだろ」


「人なんていませんよ。どこです?」


池田が気味の悪そうな顔をしている。まだ薄暗い海辺で、自分には見えないのに、相方に「すぐそこに人がいる」などと言われたら誰だって逃げ出したくなる。前述のようにボクは『見える人間』ではない。なんのことはない、目が悪いので、堤防の突起物がオッサンがかがんでいるように見えただけだ。


結局行きたかった城ヶ島公園とは違う場所だということが分かり、再び車に乗った。


公園に着く頃にはすっかり夜が明けていた。一睡もしてなかったが、気持ちよかった。散歩している人もちらほらいて、みんな爽やかな顔をしている。腹が減っていること以外は満足だった。


公園は高台にあって、海岸に降りていけるようになっていた。けっこう波が高かったが、ギリギリ行けるところまで行ってみようということになった。


岩場がむき出しになっていて、フィッシャーマンが多数いた。灯台が近くにあり、池田は写真を撮りながらずんずん進んでいく。ボクもついて行ったんだが、ところどころ岩が濡れていてツルツルと滑る。先に進むのを躊躇していたら、一人のフィッシャーマンが駆けて来て突端の堤防のところまで走っていった。


堤防でカメラマンと釣師が背中合わせになっている。見たことない風景だったが、なんだか二人とも逞しいなと思った。より大きい魚を釣るために、よりいい画を撮るために、人は波打ち際まで立つのだ。ボクは波打ち際まで行ってもピアノがうまくなるわけではないので遠慮させていただいた。


ストーカーのように池田込みのショットばっかり。



〜つづく〜




男の旅講座〜第二話〜

2012年10月15日(月) 03:11

 
ノリノリでの出発、ヒップホップやら80'sやらアイドルものをガンガンかけながら進んでいく。途中腹が減り過ぎて、牛丼を食いたい衝動にかられながらも、横須賀に着けば米兵たちを満足させるほどの豪快なハンバーガーが待っていると自分に言い聞かせた。


横須賀の手前でゴーストタウンがあるということだったので、少し寄ってみようと思っていたのだが、いつの間にか通り過ぎていた。空腹に耐えられなくなっていたボク達は、「もう面倒くせえからいいよな?」という暗黙の了解のもと、あっさりと計画を変更してしまう。もう今にもコンビニで弁当を買いたいのに、何もこんな真夜中に人気のない所に行って怖い思いをする必要がまったくなかった。


そんなわけで、あっという間に横須賀に着いた。迷彩服を着た米兵などを見かけ、「デケー!」などとテンションが上がる。こいつらの食べるメシを今から食ってやるぞ!駐車場に車を入れて、飲屋街へと繰り出した。


「・・・・・。」


メイン通りなのにほとんど人がいない。店も開いていない。すでに酔っぱらいと化した黒人と立ちんぼの中国人しかいない。


「おい、ハンバーガーはどこだ!」


そりゃそうだ。ボク達が着いたのは午前3時。いかに屈強な米兵でも夜中の3時にハンバーガーを食いに出かけるわけがない。バーも閉店準備を始めている。


そんな中で唯一空いている店があった。ハンバーガーの看板が出ている。あまり魅力的な店ではなかったが、そこしか食べ物がなさそうだったので入ることにした。


ビリヤードの台があり、なかなか広いバーだった。味には期待できそうになかったが、とにかく食わねば。フードメニューを頼んだら、もう終わったと速攻で返された。


「つまみとかありますか?」


「ナッツの盛り合わせくらいなら。」


「・・・・・。」


肉汁あふれるハンバーガーを想像してここまで頑張って来たのにあんまりだ!池田は運転しているから飲めないし、ボクは酒が飲めないし、二人でジュース飲んでピーナッツ食って、これじゃあ気持ち悪い○モじゃないか!


「俺は明日の朝まで我慢します」


池田が意味不明な食わねえ宣言をし始め、なんだかもうボクも食欲がなくなってきて、店を後にした。ジュースとピーナッツで1,000円くらいとられた。そういえば近くにバーミヤンがあった。最初からファミレスでよかったんじゃないかと思った。


なんだか二人ともガックリきて、今後どうするか迷った。車に戻ってナビを見ていたら、城ヶ島へと南下する途中に富士山があることを発見した。


「我々は富士山へ向かう!」


一晩で富士山へ登れたら大したもんじゃないか!どんな所か行ってみよう!もう空腹なんかどうでもよくなってきた。何かを発見しなければ、ボク達の旅は無駄になってしまう。こうなったら神奈川県の富士山に登るんだ!


国道を走り、富士山へと続く道へ入る。民家がまばらになり、田んぼ道へ出た。突然正体不明のビニールハウス群が出現し、行き着く先はお寺だった。


「うん、これは無理だな。さっさと引き返してくれる?」


霊感はないけれども、どう見てもヤバい感じだった。何だよ、このビニールハウスは。何つくってんだよ!しかもお寺を抜けて山登れってか?


男の旅とはむやみやたらに危険に挑むことではない。その先に目に見えない危険が迫っていると感じたなら、それはすぐに中止すべきである。危険を回避する能力もこれまた重要である。


ビビリと言いたければ好きに言うがいい。あんな所に突入するのが勇気だと言うならボクは一生ビビリで結構だ。土産に何を連れて帰ってくるやら分かりゃしない。


計画なんぞブレまくり。面白いものがあればそこに行く。怖ければ逃げる。これぞリューチ風男の旅である。



〜つづく〜





男の旅講座〜第一話〜

2012年10月07日(日) 02:15


タイの熱気よ再びー


意気込んでマネージャー池田と2週間くらいかけて次なる目的地を探した。やはり予想外の事態は海外の方が起こりやすい。池田からはフィリピンかアメリカ西海岸と提案があった。


どちらも魅力的だったが、緊急事態が発生した。ボクのパスポートが切れていたのだ。むう、予定の日に間に合わない。


仕方がないので今度は国内の秘境をめぐる旅へとシフトした。これも日本全国かなりの数をピックアップしていたのだが、またしても緊急事態発生。今度は池田が彼女との約束を忘れていたと言い出したのだ。ボクのサポートのライブとこの約束により、旅の日程が大幅に縮小された。ボクたちに与えられた時間は一晩ということになった。


アクアリウムのライブが終わったらすぐにレンタカーで横須賀へ。そこから米軍基地周辺を散策し、三浦半島南端の城ヶ島で絶景を見る。その間ゴーストタウンがあるということも調べ、行ってみることにした。


一晩という時点で秘境などと大げさだということは百も承知であった。しかし、男にはロマンがある。外国に行かなくても、まだまだあまり知られていないワクワクする場所があるはずだ。


我々にとって旅は挑戦である。添乗員の解説などというものは盗み聞きするものである。我々が行く場所は我々のタイミングで我々が決める。男二人の新しい旅のあり方を我々リューチ班が提案するのだ!(←水曜どうでしょう風)


9月15日

アクアリウムでのライブを終え、すぐにレンタカー屋へ。ライブの間に池田が車を手配しておいてくれるはずだった。ところが「車がありません」と言う。


「何やってんだ、バカヤロー!」


といつもならキレるところだが、事情を聞いて愕然とした。連休のため東京中のレンタカーが貸出し中であるという。スタートしてもいないのにいきなりピンチだ。


ライブが終わったのが23時だったので、大手のレンタカーはほとんど営業終了か車がないとのことだった。24時間営業の店を探し、二人で電話をかけまくった。


池田はもう諦めかけていた。「渋谷でメシでも食って帰りますか」的なことを言い出した。しかしボクは諦めなかった。東京中のレンタカーがないなどあるはずがない。郊外のアウトレットモールに行って、温泉に入ってバイパス沿いのラブホにin!などというクソカップルに我々の壮大なロマンを潰されてなるものか!絶対に許さんぞ!負けるわけにはいかん!


ここで一つの考えが閃いた。この状況で新宿や渋谷周辺のレンタカーなど残っているはずがない。アクセスの良いところや帰りが楽な立地の店舗は排除して、マイナーな駅の近くにある店舗にかけまくった。


ボクの狙いは見事的中した。翌日の昼まで借りられる車をゲットしたのだ。時間はすでに0時をまわっていた。タクシーで店に向かい、手続きを済ませた。車に乗り込んだ瞬間、二人で歓声を上げた。旅の始まりだ。


いきなりのトラブルを解決したことにより、テンションMAXからのスタートである。読者諸君の中には「事前にレンタカーの予約くらいしとけよ!」と思った人がいるかもしれない。ハッキリと言わせてもらう!そういう人間は予定調和な旅しかできない!旅のセミプロであるボクからすれば、レンタカーがないなら夜行バス、なんなら歩いてでも向かってやる覚悟が常にあるのだ!そこに冒険があるのなら、直前に目的地を変更することも辞さない!ボクにとって旅とはそういうものだ!


ということで、この心意気が理解できる方だけ、つづきをお楽しみいただきたい。


FF史上最高のシーン。これを見ると旅に出たくなる。






〜つづく〜




るろうに留置ー其の四ー

2012年09月15日(土) 02:15

 
7月16日
京都最終日。前日と同じくのんびりと準備して、マサオのお店に鍵を渡しに行く。夕方には新幹線に乗らないといけないから、数時間のうちにどれだけ京都らしい場所に行けるかが問題だった。まずは腹ごしらえをせねばならない。京極の商店街をブラブラしているうちに、冷たい麺類が食べたくなった。マサオの店に行って、うまい蕎麦屋かうどん屋を尋ねた。すぐ近くにあるという。京都で時々見かけるニシンそばも気になっていたので、「そこは冷たいニシンそばはあるのか?」と聞いたら、「そもそもニシンそばを食ったことないです」という返事が返ってきた。なんでい、こんなに店の前の旗に「ニシンそば」と書いてあるのに食ったことがないんかい!と思ったが、おすすめの蕎麦屋を聞いたので、そこに行ってみることにした。『更科』というお店だった。


ババアが5人くらい働いていて、一人なのに晒し者のようにど真ん中の席に通された。まあ、いい。ボクは満足できる冷たい麺類が食えればそれでいい。壁にかけてあるメニューを見ようとしたが、目が悪いので裸眼ではよく見えない。面倒くさいから、なんとか読み取れた「梅」という字と「冷」という字を組み合わせて、「冷たい梅!」と言ってやった。ババアが、「うどん?きしめん?」と聞くから、「もちろんきしめんだ!」と答えてやった。きしめんにこだわりはまったくない。あんまり食べたことがなかったからそう答えただけだ。


しばらくして、冷たい梅のきしめんが運ばれてきた。さっぱりしていて、きしめんののどごしも気持ちよく、すぐに平らげた。マサオが「ウチからの紹介だと言っておいて下さい」と言っていたから、会計の時に「あそこの箸屋で聞いてきたんですけど、美味かったです」と言ったら、ババアが「ああ、あそこの角のお店?」と無愛想に答えた。マサオのお店は角ではない。なんだかどうでもよくなって「ええ、そうなんです。また来ます」と答えて出た。近所じゃねえから来れねえよ!


限られた時間での観光だったが、今回の目的は何と言っても祇園祭だったから、まずは八坂神社に行くしかなかった。昼間でも混んでいるかと思ったら、そうでもなかった。中国人ばっかりだった。


わりと期待していたんだが、あまり興味を惹かれなかったので、別の場所に行くことにした。三十三間堂と血天井で有名な養源院だ。


まずは三十三間堂に行った。これには感動した。想像していたよりもずっと長い。そして本堂には1000体の千手観音像があり、これは圧巻だった。大量生産の時代に生きる愚かな人間として、「こんなにあれば5パターンくらい型をつくって、後ろの方は全部コピーなんじゃないか?」と思ってしまったが、どれも同じものはなさそうだった。じっくりと端から端まで見て回ったが、中ボスクラスの仏像の顔が怖い。中でも迦楼羅(カルラ)王という鳥の顔と人間の体を持った仏像が恐ろしく、ボクの腐った根性を見透かされているように感じた。


ちょうどツアーの客が来ていたので、一緒にまぎれてガイドの説明を全部聞いてやった。何食わぬ顔して質問してやろうかとも思ったが、金を払っている客に悪いのでやめておいた。


三十三間堂を出ると目の前に「血天井」と書いた看板がある。お化け屋敷の謳い文句のように立っているものだから、ご覧のとおり写真を撮った。




中に入ると婆さん2人組がナレーションの流れるラジカセを持って、棒切れで天井を指しながら解説している。なるほど天井一面血痕がついている。石田三成が鳥居元忠のいる伏見城を攻め、敗れた徳川軍が自刃した時の床が天井に貼ってある。えげつないことをやるもんだ。(その発想はなかったわ!)と思った。アメリカ人が来たら是非"It's HARAKIRI !!"と教えてやって欲しい。


とまあこんな感じで、3件ほど見ているうちに忽ち新幹線の時間がやってきてしまい、京都を後にすることになった。当初祇園祭で粋な日本人を再発見しようとしたはずなのに、山鉾をそっちのけで服を買い、エアマックス復刻版に見とれ、友達の家でゲームをして、大阪をうろつき、訳の分からん女子と飯を食い、修学旅行生のような観光地を巡って帰ってくるという行き当たりばったりの旅となってしまった。


だが、後悔はまったくない。「我が旅に一片の悔いなし」がモットーだ。どんなハプニングも受け入れるのが男の一人旅である。


そして行きのニューヨーカーかぶれのBGMセレクトとは打って変わって、帰りはももいろクローバー一色となった。最初は否定的だったが、なかなかかゆい所に手の届く奴らだと思う。ボクもできることならインストのバンドをチマチマやるのではなく、アイドルの曲をプロデュースしたかった。だからみんなバカにするけど、ボクは小室先生もつんく師匠も伊秩さんもヤスタカさんもヒャダインも尊敬している。秋元先生はアイドルよりもとんねるず絡みの時の方が好きだ。


今回の旅はこれで終わり。いろいろな作業を同時進行している関係で更新に時間がかかってしまったが、10月からはペースを戻す予定。


そして告知。ホテルニュートーキョーでアクアリウムでのライブのサポートをやる。入場制限かかるらしいので入れないかもしれないけど、一応お知らせ。9月15日21時くらいからスタート。



そして、もう一つお知らせ。このライブ終了後に2012年旅シリーズ第2弾を敢行予定。しかもあの伝説のタイ編でコンビを組んだマネージャー池田と、今度は国内の秘境に挑む!乞うご期待!


ドラゴンボールじゃないけどZ時代じゃない方が好き。青の子がよかった。



るろうに留置ー其の三ー

2012年08月26日(日) 02:39

 
新世界を出て新大阪へ。


駅に着いて落とし物係のところに行くと、ずいぶんと無愛想な態度でお土産の入った袋を突っ返された。そりゃ毎日何件もの落とし物を扱っていればイライラするだろうと思うが、もうちょっと丁寧に対応してもよかろうと思った。


浴衣娘でごった返す河原町に戻ってきたのは21時過ぎだった。仕事終わりのマサオから連絡があり、「変な女達が一緒なんですけどいいですか?」と聞かれた。(なぬ?女だと!)と思ったが、「別に大丈夫だけど」とクールを装った。女と聞いて期待を抱かぬ男などいない。


四条烏丸の交差点でマサオ一行と落ち合った。やたらとテンションの高い女が二人、マサオの大学時代の同期で神戸から遊びに来たという。とりあえず晩飯を食いにとんかつ屋に入った。


昼に串カツを食っていたものだからあまり箸が進まなかったが、女子二人が美味い美味いとガツガツ食っていたから釣られるように完食した。マサオもそんなにバクバク食べる人間ではないから、完全に男と女の立場が逆転している感じだった。


この女子二人、アキちゃんとミオちゃんは強烈だった。文章ではうまく書けないけれども、女版明石家さんまが二人いるような感じだった。とにかく口が止まらない。テンションが高い。声がでかい。隣の家族連れに絡みつつ店員にキャベツのおかわりを頼み、マサオの近況を尋ねているかと思ったら二人でとんかつを交換したりして話を聞いていない。


マサオが変な女達だけどいいかと確認したのは、ボクがこの手の女に腹を立てるのではないかと危惧したからだろう。しかし、ボクはこういう女は嫌いではない。付き合えと言われれば遠慮はするが、見ていて楽しいし、お茶を入れてくれたりソースを配合してくれたりと気配りがきちんとできる。タダのバカ女でないことが分かったからだ。


食後マサオがトイレへと席を立った途端、二人が顔を見合わせてニヤリと笑った。マサオのバッグを素早く取り上げると中身を漁り始めた。


「おいおい、俺は関係ないからな!」


これはキツイと思った。たとえ変な物が入ってなくても、席に戻った時に中身をいちいち突っ込まれるということが鬱陶しい。二人で「これはオシャレだ」とか「これはないな」などと評価している。こっちも変なものが出てくるんじゃないかとか、帰ってきてマサオがぶちキレるんじゃないかとヒヤヒヤした。


ボクが早く戻せと忠告しているにも関わらず、二人はバレバレのタイミングでバッグを戻した。全てを理解したマサオだったが特に怒る様子もなかった。結局マサオの手帳まで発見され、アドレス帳の並びとは全然違う箇所に連絡先を書かれガサ入れは終了した。端から見ていて一番気持ちが悪かったのは、アドレス帳は正しく書くべきということ〜つまり、名字が「あ行」なら「あ行」のところにきちんと書いてくれ!〜ということだった。ボクは意外と几帳面なのかもな。


とんかつ屋を出て屋台を見にブラブラした。が、ほとんど片付け始めていた。ボクが、「かき氷食べたかったのにな」とつぶやいた瞬間だった。


「かき氷?」


二人が走り始めた。歩行者天国も終わり車が通行し始めている中、車道を走っていく。かき氷を探してくれているのだ。


「そこまでしなくていいのに。。」


「ああいう奴らなんです」とマサオ。なんだかドラマのワンシーンみたいだった。がむしゃらな女と後ろ姿を見つめる男たち。


そして「あった!あった!」と二人が手を振った。お礼を言って金を払っている間に、二人の関心はシロップの種類の方にいっている。なるほど沢山種類がある。だが、アキちゃんに氷のカップを渡したのがまずかった。


「ブルーハワイでしょ、レモンでしょ、メロンとカルピス!」


せめてかける場所を分けて欲しかった。。全部上からかけてしまった。。


「おい、これ何の味だかわかんねーじゃねえか!」


「ギャハハハハ!」


この野郎!と思ったが、不思議と怒りは沸いてこなかった。彼女たちの機動力に感動していたからだ。店閉まいをしている状況を前に、「かき氷」と聞いて本人より早く動き始め、半ば強引に品物をゲットしてきた。最後に本人が望んでいないことをしでかすという粗があるにせよ、この瞬発力は何なんだ!と思った。ボクは行動するよりも考えて結論を出してしまう癖があるから、こういう行動派の人間は羨ましい。そして、この子達が東京にいる間に出会いたかったと思った。


二人はかき氷をゲットするや否や、終電だから帰ると言ってすぐに帰ってしまった。雷神と風神が去ったという感じだ。ホッとしたんだか、さみしくなったんだかよく分からない気持ちのまま「さて今日は何のゲームをしますか?」などと前夜に続く懐かしのゲームの話をしながら家に帰った。


前夜と同じくマサオは携帯を握りしめて寝る。残すところあと半日か。あんまり祇園祭りは楽しんでないけどまあいいか!こうして2日目が終わった。


滞在中のボクの寝間着(マサオから借りたリヨンのユニフォーム)






〜つづく〜




るろうに留置ー其の二ー

2012年08月12日(日) 03:57

 
ずいぶんとお待たせ。


7月15日
マサオは次の日も仕事だった。なるべく迷惑をかけないように、住人が家を出るのと同時にボクも出ようと思ったが、そこはさすが優秀な後輩、後で店にカギを持っていけばゆっくり準備をして家を出てよいということだった。


新幹線に置き忘れた土産を取りに行かねばならなかった。京都から新大阪は新幹線だとすぐの距離だが、在来線で行くとけっこう遠い。面倒だが祇園祭は夜だし、どうせなら大阪を観光することにするか!と前向きに考えることにした。


大阪で行きたいところといえば、、、前から気になっている場所があった。新世界だ。国内なのに外国を感じられる場所とか、日本刀を持って歩いているオヤジがいるとか、10円玉を10円で売っているとか、なんとも好奇心をそそられる話を耳にしていた。新大阪駅からさほど遠くない。よし、行ってみよう。


準備を済ませ、マサオの店にカギを届けた。「オラ、今からナメック星に行ってくる!」と新たな戦いを夢見てワクワクしている悟空のような気持ちで店を出た。


すぐ近くに本能寺があったので寄っていくことにした。以前このブログに書いた後輩のクワナが、京都に行ったら是非本能寺に行ってみろと言っていたからだ。


とりあえず、ホテル本能寺の前に来た。GPSは確かにこのホテル本能寺の奥を指しているのだが、入り口が見つからない。まさかホテルのロビーを突き抜けるわけではあるまい。(だいたいホテル本能寺って何だよ!光秀に攻められんじゃねえか?大丈夫なのかよ!)とかなんとか思いながらグルグルとまわっていたら、何度も素通りしていたところに入り口があった。


寺自体のすごさよりも、付属施設が立派なことに驚いた。寺院としての格がどのくらいなのか分からないが、信長が光秀に討たれた場所という認識しかなかったから驚いた。ロケーションも市役所の前というすごいところにあるのね。


そして新世界へ。新大阪を経由して御堂筋線に乗り換え、動物園前という駅で降りた。


駅を出るとすぐにじゃんじゃん横丁という狭いアーケードが現れた。串カツ、ホルモンの店が並ぶ中、異常な光景を目にした。ある店舗の中でオヤジが40人くらい集まって将棋を指している。そしてこれまた地元の人間と思われるオヤジが店の外から盤に熱い視線を送っている。


雀荘なら東京でも見かけるが、将棋は初めてだ。店がガラスばりなのでちょっとした観光客の見せ物のようになっている。こんなので集中できるのかと疑問に思った。


アーケードの装飾も一昔前だし、そこら中に貼ってある広告の類いもまさに昭和レトロ。もっと田舎の地方の方がよっぽど近代的なのではないかと思えるほどだった。


じゃんじゃん横丁を抜けると、すごい人だかりだった。串カツ屋の看板がそこら中にあふれ、ドラゴンの刺繍が入っているジャージしか売っていない店やら、コテコテの大阪土産の店が乱立している。


昼飯を食っていなかったので、ここで食事をとることにした。ここは、やはり串カツだろう。しかし、どこに入っていいやら分からない。調べてきた評判のよい店はどこも行列だ。


ウロウロした結果、一人で入っても平気そうな大きな店に決めた。すでに15時近くになっていたがもの凄い賑わいだった。なんとなくその雰囲気に気圧されてビールと串カツの盛り合わせを頼んだ。


飲めないんだからウーロン茶にしとけばいいのに、また失敗した。5センチくらい飲んだところで酔っぱらってきた。視界が明るくなって顔がニヤついているのが自分でも分かった。隣に一人で来ているオヤジがいて、なかなかのペースで串カツを平らげていたので、ボクもそのペースに合わせるようにどんどん注文していった。


(安くて美味い串カツ、やっぱり地元のオヤジはいい食いっぷりだ!)と思っていたら、そいつが会計をしにレジへ立った。大きなリュックを背負っていた。(なんだアイツ、地元の人間じゃねえのか!)


騙された、、ただの食いっぷりのいい観光客だった。酔いが醒めないままレジへ向かった。お会計3500円。アホか。一人で昼間から酔っぱらった挙げ句、3000円分も油物を食ってしまった。


少し損した気分になったが、酔っぱらってみるとなんだか一気に街に馴染んだ気がしてきた。通天閣まで歩いた。登ってみようと思ったらディズニー並みの待ち時間だったからやめた。


近くには成人映画館がいくつかあって、一体誰がハシゴするんだよ、と思うようなラインナップだった。『人妻情欲の〜』とか『馬並みに〜』とかマニアック過ぎるだろ!と思った。


有名なビリケンさんの像もたくさんあり、どれがオリジナルなのか分からなかった。ただ、とにかく日本とは思えないアジア感があった。


ふと顔を上げると、「世界の大温泉」と文字が目に入った。どうやら大きなスパがあるらしい。無性に風呂に入って冷たい牛乳飲みたい気分になり、スパワールドへ向かって歩き始めた。


これまた驚いた。かなり大きな施設だった。しかもキャンペーンで入場料が1000円だった。館内はテーマパークのようになっており、文字通り世界の温泉につかり歩くというものだった。テルマエロマエの阿部寛のような気分になりながら温泉を楽しんだ。30年の人生で温泉が楽しいと思えたのは初めてだった。素っ裸で椅子に座ってうたた寝したり、ずいぶんと快適に過ごした。


あの時、新幹線に土産を忘れなければこんな展開にならなかっただろう。京都に観光に来たのに、新世界で串カツ食って、酔っぱらって、温泉に入っている。予想外の連続だ。だが、楽しい。計画どおりに行かないからこそ、一人旅は楽しい。これが女でも一緒にいようもんなら、土産を忘れた時点で大喧嘩だ。アンタは普段からだらしないから云々と、あることないこと非難されて気分が悪くなること必至である。


このままダラダラとここで過ごしたいと思ったが、そういうわけにもいかない。ボクは新大阪でマサオのお土産のかりんとうを回収しに来たのだ。


さて、リフレッシュしたし戻るぜ。待ってろ浴衣娘ども!とスパを出ることにした。


〜つづく〜


このごちゃごちゃが楽しい


連行されるクロちゃん人形


ビリケンさん






るろうに留置ー其の壱ー

2012年07月22日(日) 02:35

 
ここ一週間くらい連日の100件以上のアクセスは何ですか?期待してんの?w 久々に管理画面開いて笑ってしまった。


それでは京都編連載開始!


7月14日
早朝出発する予定が、いつものダラダラで14時過ぎの出発となった。品川駅のエキュートで今回泊めてもらうマサオへのお土産を買うことにした。いろいろ悩んでいるうちに、「あいつ何が好きなんだっけ?」と根本的な問題が浮かび上がってきた。特に甘いものが好きな印象もない、かと言って全然食べないわけでもない。結局少しずつ食べられるカリントウを買うことにした。


自分の弁当もエキュートで買った。みんな駅弁駅弁と言うが、改札をくぐってからの弁当など高いだけで大して美味くない。やっぱり弁当はデパ地下系に限る。


準備万端、のぞみの指定席へ。出発時間は遅れたものの、一番暑い時間帯に快適な空間にいることはむしろ正解なんじゃないかと思った。車内ではロイ・ハーグローブやロバート・グラスパー、クリスチャン・スコットなどを聴いた。(やっぱりニューヨークだよなー!金貯めないとなー!)と、京都に行くくせに外国に行くことを夢想した。


ノリノリになっているうちにすぐに京都に着いた。(よっしゃ夜まで練り歩いてやるぜ!)と勢いよくホームに飛び出した。階段を駆け下りている途中で、大事なことに気がついた。しまった、荷物棚にお土産を忘れてきた!!


急いでホームに戻ったが、プシューとドアが閉まった。マサオのカリントウが新大阪に行っちまったーー!!


ここでテンションが60%くらい下がった。だいたいさ、今日は朝早く起きてさ、昼過ぎには京都に着いてさ、寺とか見てさ、充実した1日を過ごすつもりだったのにさ、17時前にやってきてさ、「ヘイ、マサオ!元気にしてるかい!」なんて言えるかっつーんだ、コンチキショウ!


仕方がないので駅の案内所へ届け出をした。お土産は無事見つかったが、新大阪に取りに行けと言われた。「おいコラ、大阪に行ってたら目的変わっちまうだろーが!俺は祇園祭を見に来たんだよ!」と言う気力もなく、「はあそうですか、すいません」とすごすごと退散した。


とりあえずは河原町へ。地下鉄に乗るともう既に浴衣ワールドだった。女がこんなに気合いを入れてくれると、ボクも(忘れ物して凹んでる場合じゃねえ!)という気持ちになってきた。新京極のマサオの店へと挨拶に行った。


「スマン、お土産は新大阪に行ってしまった。明日取りに行くから!」


21時のマサオの仕事終わりまで街をブラつくことにした。身軽で来いと言うから本当にリュック1つで来てしまった。中には2日分のパンツと靴下とTシャツとPSPしか入っていない。(せっかくだから!)と何がせっかくなのか分からないが、服を買うことにした。


結局どこにでもあるような店で服を買い、京都らしいものなどほとんど見なかった。たぶん一番目を輝かせていたのは、ナイキでエアマックス95の復刻を見ていた時だ。途中で山鉾を見かけたが、(こんな所に置いとくと邪魔だよ、デカイし!)と一体何をしに来たんだか分からない感想を抱いてしまった。というのも、ボクは祇園祭はこの山鉾が街中を巡行していると思っていたからだ。ボクの滞在中に巡行が行われないことを知ったのはこの後である。


21時になり、マサオと合流した。屋台があまり出ていなかったのでバーに行ってイベリコ豚を食った。オリエンタルラジオのメガネじゃない方みたいな店員がいて、ジャンプ全盛期の話をしていたが、マニアック過ぎて全然分からなかった。


そしてアイスを食いながらマサオの家へと帰った。家ではWiiで昔のゲームをダウンロードして遊んだ。「何がやりたいですか?」と聞かれたから、「絶対エフゼロ!」と答えてやった。マリオカートなんて女がするものだ。男ならエフゼロだ。


マサオはいつの間にか携帯を握りしめて寝ていた。途中なんだか寝言を言っていたが、話しかけないことにした。


初日はまったく京都らしいことなどなかったが楽しかった。そして翌日のディープな1日へと続く。


これが山鉾ってやつだ


山鉾の前に立つボクのスタンド <イマーニ・ミ・テーロ>


BGMが最高なF-ZERO



下関ー急ー

2012年03月19日(月) 03:11

 
港ちかくのファミマでマリコ嬢と母上に会った。


5年くらい前に東京で会って以来だった。全然変わっていない。スレンダーで独特のエレガントさといたずらっぽい笑みを持っている。20代前半でも通りそうだった。一方ボクの方は太宰治のフレーズが似合いそうな小汚いツラをして現れたから、老けたなあと思われただろう。


『自分はことし、二十七になります。
 白髪がめっきりふえたので、たいていの人から四十以上に見られます。』


年齢違うし、白髪もないと思うけど、なんだかそんなイメージだった。


マリコ嬢の母上は、翌日父上と一緒にボクを案内してくれることを告げ、「それじゃああとは適当に」とマリコ嬢を残して帰っていった。ボクはてっきり3人でお話するものと思っていたので、その大胆な扱いにはビックリした。「ボクが20年の間にどんないやらしい欲望を持ってマリコ嬢に迫るか、心配じゃないんですか?」と尋ねたかったが、ボクはそれを信頼の証ととった。この先お迎えが来るまで、ボクは死んでもマリコ嬢を守らねばならん!


北九州市門司に渡る連絡船の最終便が間もなく来たので、乗ることにした。船に乗る前に「写真撮らなくていいの?」とマリコ嬢が聞くので、スタッフの人に写真を撮ってもらった。自分の顔が想像以上に老けていてショックだった。マリコ嬢も自身の写りに納得していなかった。


船の中で温かいミルクティーのペットボトルをもらった。いつもより甘く感じた。マリコ嬢と会うといつも小さい頃の話をする。ボクが覚えていること、マリコ嬢が覚えていること、それぞれ違うけれども、二つで一つのピースになる。お互い覚えているのは記憶の断片で、印象に残った言動しか覚えていないわけだが、相手の話を聞くと、なぜそれが自分の記憶に残っているのかが分かる気がする。船に乗っている時間は10分くらいだったので、あっという間に着いた。


門司港でお茶でもしようかと思ったが、全然お店が開いていなかった。ぐるっとまわって電車で下関に戻ることにした。門司は同じ港町だが、下関と違って横浜っぽい感じがした。


不思議な感じだった。自分が30歳になって、下関で夜遅くにマリコ嬢と二人でいるとは。小さい頃は、いつか東京に出て、会社の社長かピアニストになると夢を描いていたが、どこで誰とどんな会話をしているかなんて想像したこともなかった。ただただ、明るい未来と、何にだってなれるんだという自信しか抱くことができなかった。だから夢を見ているような気がした。


下関に戻ってきて、近くのちょっといいホテルのロビーでお茶をした。マリコ嬢はカメラに凝っているらしく、立派な一眼レフを見せてくれた。先ほど船に乗る前に写真のことを言ったのは、一緒に撮ってもらおうという意味ではなく、自分が撮りたいという意味だったらしい。


ボクはたまにマリコ嬢のブログを見ていたので、そこに載っている写真でなかなかセンスがあることを知っていた。テーブルの周りを撮りたいと言うので、好きに撮ったらいいじゃないかと言った。ボクは下関を離れて以来、マリコ嬢がどんな風に過ごしてきたのか知らない。マリコ嬢もボクがどんな思いをしてここまで来たか知らない。でも別にそれを話したいとは思わなかった。一緒にいるだけで楽しかったし、向こうも気をつかわないので、それなりに居心地は悪くないんだろうと思った。


閉店時間になったので、お迎えを呼んだ。母上の車でホテルまで送ってもらった。「もっと早く分かっていれば、休みをとったのに」と言われた。何も言えなかった。思い立ったら行動するのは悪いことじゃないが、周りの人のことを少しは考えないとな。何歳だ、お前は?


そしてマリコ嬢と別れた。まだ一週間しか経っていないのに、あの夜のことは遠い過去のように感じる。


翌日、マリコ嬢のご両親と会う前に赤間神宮を参拝した。壇ノ浦の戦いで平家一門が敗れた時に、幼くして亡くなった安徳天皇を祀る神社だ。耳なし芳一の舞台にもなった場所。ボクはここで七五三を迎えた。


参拝が終わった頃に、母上から連絡があった。父上に会うのはもう本当に20年ぶりで、顔も覚えていなかったが、一目見てすぐに立派な方だと分かった。ボクが覚えているのは、昔父上がゴリラのマスクをかぶってフグの刺身を届けてくれたことだ。本当にビックリして、今でもゴリラを見るたびに父上のことを思い出すくらいだ。


本人抜きでご両親と車に乗っているのは妙な感じがしたが、快適で楽しかった。前夜のマリコ嬢のおすすめの通り、城下町の長府に行った。落ち着いて上品な街で、素晴らしかった。高杉晋作が挙兵した功山寺を散策した。


功山寺に入った時に、懐かしさとは違う不思議な感覚があった。梅が少し咲いていて、寺の鐘の音を聴いた瞬間、直感で(ああ、ボクは死んだらここに戻ってくるのか・・・)と思った。昔訪れたかどうかは覚えていない。ボクは霊感は無いが、直感は信じる。だから間違いないと思う。


母上はボクのために昼食を食べる店を予約してくれていた。普段ロクなものを食べていないから、予約が必要な店なんて恐縮だった。


女子達に言わせるとボクの味覚は『お子様』だそうだ。「どうせハンバーグとかカレーが食べたいんでしょ?」と言われた時は赤面した。さらりとフレンチのお店を手配できるのがイイ男だそうだ。それ以来ボクはフランス料理を敵だと思ってきた。


あいにくご馳走になったお店はフレンチだったが、これが今までで一番美味かった。ワインが飲めなくても楽しめるフレンチがあるとは!そこでボクは考えを改めた。『フレンチが悪いのではない。フレンチの店を知っている=イイ男とする女どもが悪いのだ』と。


本当に楽しい時間を過ごして、最後にマリコ嬢の自宅でお茶をいただいた。玄関を開けると吹き抜け、右手には広いリビング、好きなように家を設計して良いと言われたら、こんな風にしたいと思うような家だった。リビングには20歳くらいの頃に撮ったと思われるマリコ嬢の写真があった。女神のように見えた。


その後、母上に別れを告げ、仕事に出かけるという父上のトラックに乗って駅まで送ってもらった。仕事がせまっているのに、いろいろお世話になって申し訳ないと思った。道中、父上と話した内容がとても楽しかった。自宅とは別の場所に、山を切り開いて公園を造っているそうだ。そこにたくさんバラを植えているんだという。ガーデニングは詳しくないが、楽しそうに語る父上を見ているとボクまで楽しくなってきた。同じガーデニングでもウチの親がやっているような、狭い庭をほじくり回しているのとはスケールが違う。山を切り開いて、そこ一面にバラを植えるなんて、なんと素敵なことか!


そして父上とも別れの時が来た。ボクは数時間で父上のことが大好きになった。ウチのロクでもない親戚どもよりよっぽど親戚のおじさんみたいだった。こんな人がもっと近くにいてくれたら、ボクももっと素直に育ったのに!と思った。


最後はボクから握手を求めた。男と男だからやっぱり最後は握手だ。ボクは普段自分からは握手を求めない。特別な時と、コイツは親友だと確信した時しか、自分から手を出さないことにしている。薄っぺらいものにしたくないからだ。


新幹線にはまだ早かったが、小倉に向かうことにした。マリコ嬢一家のおかげで、ボクは20年分の思いよりも多くの感動をいただいた。ここには全て書ききれないが、街の風景を見ているうちに思い出したこともたくさんあって、それは今後の楽曲に活かしていきたいと思っている。


今回はなんだか少し重いものを背負って行ってしまったが、次はもっと気楽に行こうと思う。ゆっくりと長府を見たいし、宿も海辺のいいホテルにしよう。マリコ嬢と会ったあそこのホテルがいいな。その時はちゃんと事前に連絡して、ゆっくりと昔話と現在の話を楽しみたい。父上のバラの公園も見に行きたいな。


ボクの怒号が飛び交う内容を期待していた諸君には悪いが、今回はいい旅だったんだ。まあ、また夏には怒り狂った旅行記を書くことになるだろうから期待していてくれ。たまにはこういうのもいいだろ?じゃあな。



ゴマをすり損ねたとんかつ


功山寺 高杉晋作挙兵像


功山寺 梅の花


やっぱセンスねえな、ちくしょう。






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